名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

ALL YOU NEED IS KILL(桜坂洋)

All You Need Is Kill (スーパーダッシュ文庫)

All You Need Is Kill (スーパーダッシュ文庫)

非常に、ゲーム的な作品。内容を一応紹介しておくと、

突如として現れた謎の生命体―ギタイ―との戦い。敗北必死の戦場に叩き込まれる初年兵―ケイジ―。彼があえなく戦死したその時、しかし、彼は出撃前に戻っていたのであった。

といったところだろうか。主人公は戦場で死ぬと出撃前に逆戻りする。そして出撃→戦死のループを何度も繰り返すことになるのだが、この間に自らの戦闘スキルを高めていく。
こういった戦死→戦いの前に戻るといったところがロールプレイングゲームを想起させる。そして、その間にも前回の戦闘を教訓に強くなっていく。この強くなるというのは、しかし、主人公自信の体力が増大しているわけではなく、戦場での判断力、勘といったものを伸ばしている点からみると、ゲームをやっているプレーヤーが熟達しているということになろう。
ゲーム的だといえる点は他にもある。ループを繰り返す中で主人公はそれ以前のループでは行わなかったことをする。当然、それ以後の展開は異なり、こういった点ではギャルゲ、エロゲ的でもある。作中にフラグという言葉が出てくるのも、そういったことを意識しているからだろうか。もちろん、フラグという言葉は随分一般的になっているので、すぐに結びつくとは限らないが。この作品がロマンスであるかといえば、そういうことでもないだろう。物語の主軸はゲームのクリア(つまり、戦死せずループを脱出する)ことにあるのであって、恋愛は物語を構成する一つの要素に過ぎない。この点において重要なのは以前の世界では手に入れられなかった情報を手に入れるということだろう。ゲームのクリア条件は、ループからの脱出でありそのために必要な情報や人との出会いを異なる世界で手にしている。
こういった指摘は他のところでもなされているようであるし、作者自身もそうかたっているのであるのだが、私自身がゲームだなと思うのは文体や物語全体が作り出す雰囲気ではないかと思う。
戦闘描写は軽妙で読みやすいし悪くないのだが、どこかしらリアリティーに欠けているように思う。戦場に出たこともない人間が何がリアリティーだと指摘されそうだが、逆に言えば、アクションゲーム的な印象を受けるということである。主人公は最後にはバトルアクスで敵を屠りまくるのだが、どこかでやったことがあるゲームをなんとなく想起してしまうのである。
もうひとつには主人公の心情が要領よすぎるということもある。主人公は最初、まともに戦えず身をひそめて失禁してしまうようなヘタレ或いは凡人である。その主人公がまず自分の状況を把握し、ループを克服しよう決意するという心情の変化にまず都合のよさを感じてしまう。もちろん、こんなことを言っても仕方ないし、物語が成り立たなくなってしまうのであるが、どちらかといえばそれはゲームをやってるプレーヤーの何回も挑戦してクリアしてやろうという心象ではないかと思えてしまうのである。異常な緊張を強いられる戦場で、ループしているというこれまた異常な状況に追い込まれれば、自分の精神が崩壊しているのではないかといった疑心暗鬼を起しても仕方ないし、逃避を繰り返したりする方が自然であるように思える。主人公はループを重ねるにつれメンタル的にも強くなっていく。ループのことを知らない仲間は主人公の変貌に時々驚くのだが、どうせ同じ驚くなら突然主人公がイカレ出してもいいのではないかなと思うのであるが、これはまた別の問題。

ループにしてもフラグにしてもそれだけなら、他にいくらでもそのような作品はあるだろうが、この作品にはいくつもの要素が重なっておりやはりゲーム的なのだろう。個人的にはかなり面白かったし、「楽しめる」作品であると思う。ゲーム好きな方もそうでない方にもお薦めの一作。(三笠)