名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

波の音が消えるまで(沢木耕太郎)

サーフィンの夢を諦め、バリ島から香港を経由し、流木のようにマカオに流れ着いた伊津航平。そこで青年を待ち受けていたのはカジノの王「バカラ」だった。失った何かを手繰り寄せるようにバカラにのめり込んでいく航平。偶然の勝ちは必要ない、絶対の勝ちを手に入れるんだ――。同じくバカラの魔力に魅入られた老人・劉の言葉に導かれ、青年の運命は静かに、しかし激しく動き出すのだった。

 ギャンブルを主題にした小説は多いが、運要素の強いものをどうやって物語に組み込むかはなかなか難しいように思う。特に本作『波の音が消えるまで』ではバカラにのめりこむ男が描かれているが、バカラは「庄(バンカー)」と「閒(プレイヤー)」のどちらが大きな目を出すかを当てるという比較的単純な博打で、客は「どちら」に「いくら」賭けるかを選ぶことしかできない。そのため、作者が話に説得力を持たせるのは非常に難しいように思える(作者が賭けの結果を決めることができるから)。また、最終的にギャンブルで(大切なものを何も失わずに)大勝ちするストーリーはコメディタッチ以外の作品では早々お目にかかれないように感じる。本作も例にもれず、主人公である元カメラマンの航平も最後は全てを失うのだが、彼はただ賭けに勝つことを目的とせず、娼婦の李蘭や、バカラの先輩でもある劉さんとともに、「バカラの必勝法」を求めて賭けを続ける。

 バカラと合わせてこの小説を覆っているもう一つの要素、それは「自殺」であると言える。航平の父親は信用金庫に勤める真面目なサラリーマンだったが、金庫の金を使い込んで自殺した。金を工面するために一度帰国した航平が一緒に仕事をした元AV女優のユリアは、後に息子とともに心中した。劉さんの娘は、ホストの男に捨てられ電車に飛び込んだ。航平の写真の師匠の妻は薬物中毒で亡くなった。航平もバカラに段々と取り憑かれていき、一発勝負を繰り返したりパスポートを換金したりするなど、緩慢な自殺に近い生き方をするようになっていくと言える。

 本作はバカラと航平の過去とが混ざり合ってストーリーが進行していく。とても熱くとても切ない物語だが、それだけに、夢か現実かが曖昧になるような締め方をしてほしくはなかった。(肇)