名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

トム・ハザードの止まらない時間(マット・ヘイグ)

トム・ハザードは約400年ぶりにロンドンへ還ってきた。歴史教師として。以前に彼がロンドンで暮らしていたのは16世紀末――彼は400年以上生きている「遅老症(アナジェリア)」なのだ。思い出のこの地で、トムはこれまでの人生を回顧する。生まれた地での魔女狩りシェイクスピアとの出会い、ペスト流行、太平洋航海、――そして遅老症の人々による謎の組織「アルバトロス・ソサエティ」への加入。この組織に加入させられてから、トムの状況は一変した。ある秘密の責務を負うこととなったのだ。自身の安全と、生き別れの娘マリオンに会う代償として……。悠久のごとく長い時間を生きる男の孤独と愛を描いた物語。

 新☆ハヤカワ・SF・シリーズは中国SFがきっかけでよく読むようになった。中国SFをあらかた制覇すると、『黒魚都市』『翡翠城市』『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』『とうもろこし倉の幽霊』『第六ポンプ』などの中国SF以外の作品もよく読むようになった。最近はあまり読んでなかったが、久しぶりに手に取ってみると分厚い二段組に懐かしさを感じた。
 
 奇妙な体質のため何百年も生きているトムは、各地を転々として人と深く関わらない生活を送ってきた。ロンドンで新たに歴史教師として働き始めたトムは、同僚のフランス語教師カミーユに段々と惹かれていく。
 また、トムは失踪した実の娘マリオンの行方も追っている。トムが若い頃(十六世紀!)に生涯ただ一度の結婚をして生まれた子で、トムと同じ遅老症だと分かり、ある日忽然と姿を消してしまった。以来、トムはアルバトロス・ソサイエティの力を借りてマリオンを探している。果たしてトムはマリオンに再会することができるのか、カミーユとの関係はどうなるのか、そしてアルバトロス・ソサイエティとは何なのか……。
 文章は読みやすく、合間に様々な時代・地域でのトムが描かれるので飽きることもない。劇的なシーンは少ないが、安定して面白く、長く生きた人ならではのトムの思考に考えさせられることもあった。今年読んだ本の中で今のところ一番面白い。(肇)