名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

戦艦武蔵 (吉村昭)

日本帝国海軍の夢と野望を賭けた不沈の戦艦「武蔵」――厖大な人命と物資をただ浪費するために、人間が狂気的なエネルギーを注いだ戦争の本質とは何か? 非論理的“愚行"に驀進した“人間"の内部にひそむ奇怪さとはどういうものか? 本書は戦争の神話的象徴である「武蔵」の極秘の建造から壮絶な終焉までを克明に綴り、壮大な劇の全貌を明らかにした記録文学の大作である。

 一時期『艦これ』にハマっていたことがある。結局3か月ほどで飽きてしまったが、キャラの名前とビジュアルはそこそこ覚えた。だが、「武蔵」はゲットすることができなかったので、顔を全く思い出せなかった。そんなことはどうでもいい。

 文庫版解説にも書かれている通り、この本では過度に人々の心情を描き出したりはしていない。淡々と、出来事が述べられるだけである。前半は武蔵がいかに建造されたかで(この時はまだ「第二号艦」と呼ばれていた)、後半は太平洋戦争が勃発し、武蔵が沈没するまでである。
 沢木耕太郎は「事実と虚構の逆説」(『作家との遭遇』収録)という文章のなかで、吉村昭は徹底したノンフィクションを書くことで逆説的にフィクションを作り上げることができたと評しているが、まさに『戦艦武蔵』は壮大で残酷なフィクションであると言える。途方もない数の人の想いを背負った巨大戦艦は、存在自体が一般には秘匿されており、また莫大な燃料を消費することから、戦況が悪くなるまで前線で戦うことは無かった。そして段々と日本軍は追い詰められ、ようやく大和や武蔵を戦線に投入していくが、時すでに遅しだった。勿論、読者は武蔵が沈没することを知っている上で読み進めていくが、武蔵がアメリカ軍からの猛攻を受け沈んでいくシーンでは、強烈なやるせなさを感じることになる。
 ルポルタージュの金字塔的作品。(肇)