名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

2020年名大祭レビュー記事 前編

  みなさんこんにちは。今年は名大祭がオンライン開催ということで、SF研もレビューをweb上のみで公開させていただきます。

 今回のテーマは「AIに関する作品」です。人工知能の分野は目まぐるしく発展を遂げていますが、過去に書かれた小説や現代に書かれた小説で、AI観の違いはあるのでしょうか。レビューを読んで少しでも楽しんでいただけたら幸いです。また、今回は「架空の作品レビュー」という企画も同時に行っています。「AIに関する作品」の中に数点、現実には存在しない作品が紛れ込んでいます。ぜひ、どれが架空の作品か考えながら読んでみてください。

 レビューにはネタバレを含む可能性がございますので、閲覧は自己責任でお願いいたします。また、少々長くなってしまいましたので記事を前編と後編に分けさせていただいています。

 

 

 

 

『言壷』

作者:神林長平

出版社:早川書房

 

評価

①AIの欲しい度:☆☆☆☆

②世界観の独創性:☆☆☆☆☆

③終盤の疾走感:☆☆☆☆☆

 

世界観とあらすじ:

 ワーカムという文章作成支援AIが普及した世界。書こうとする小説がワーカムに否定されてしまう作家、ワーカムを通した脳への攻撃を受ける兄弟、亡くなった編集者をワーカムに投影する作家など、ワーカムを使用する人々とワーカムによって起こる奇妙な事件を通じて、言語による人間の変化、言語による世界の変革、果ては言語による世界の崩壊までもが語られる。

 

レビュー:

 「言葉」をテーマとした短編集。いくつかの短編に「ワーカム」と呼ばれる文章作成支援AIが登場する。例えば、ワーカムに短い文でアイデアを入力すると「あなたが書きたいのはこういうものではないか?」と文章を作成してくれたり、筋が通らない文章を書くと筋が通るように修正してくれたりするのである。

 ワーカムがパーソナルコンピュータと一線を画すのは、自己を有し、0と1からなるようなものではない自らの言語空間をネットワーク上に構築している点だ。このネットワークを使い人々は小説を読み、ゲームをし、会話をやりとりするようになる。しかし、これらの「人間の想定した能力」のほかにワーカムには「世界を改変する力」があったのである。

この短編集で全編通して語られる世界観が、「言葉は実在する」ということだ。もう少し細かく説明すると「文字や音は言葉の本質ではなく、言葉という実体が存在し、世界に干渉することができる」といった世界観である。

 「言葉を匂いで伝える話」や「言葉をポットで栽培する話」、「高層ビルの各階層で言葉の使い方が変わる話」などの短編があるが、読み終わると、すべてこの世界観を共有していると感じるだろう。

 この考えを当てはめると、ワーカムの「全世界と繋がった、人間によって介入されうる言語世界」はどれほどの危険物となるだろうか。

 言葉という概念をここまでこねくり回した作品は類を見ない。言葉とは一体何なのだろうかと、自らの持つ概念さえ揺らがせてくるような一冊である。

(マキタ)

 

 

 

 

『虚無回廊(Ⅰ~Ⅲ)』

作者:小松左京

出版社:角川春樹事務所

 

評価

①AIの欲しい度:☆☆☆

②世界観の独創性:☆☆☆☆

③行動範囲の広さ:☆☆☆☆☆

 

世界観とあらすじ:

 21世紀末、地球から5.8光年の宇宙空間に突如出現した、直径1.2光年、長さ2光年の巨大円筒形物体。「SS」と名付けられたそれには知的生命体がいるようだが、有人探査機を送ることは現段階では難しいという状況下、人間に代わる存在を何としてもそこへ送り込むため、遠藤という若き研究者に注目が集まった。彼は、自己意識を持ち、自らの意志で動く人工実存(AE)の開発に取り組んでいたのだ。

 遠藤の作ったAEであるHE2は宇宙空間へと出て、遠藤と交信をしながらSSへの旅を進めていく。だがそれから約30年後、遠藤は突如として死んでしまう。自分の生みの親である彼の死を知ったHE2は、それを期に地球との連絡を一切絶ち、自らの意志によるSS探査を独自に開始する。

 

レビュー:

 地球から5.8光年の宇宙空間に突如出現した、直径1.2光年、長さ2光年の巨大円筒形物体「SS」。これが本作の鍵となる存在である。

 この作品は、ハルキ文庫においては3巻、序章から第四章までの五章からなるが、それでも話は完結せぬまま終わっている。序章では、はからずもSSに大きく関わることとなる研究者、遠藤秀夫の半生が彼の視点から描かれている。

 人工知能の開発のため、アメリカのとある研究所に迎えられた若き日の遠藤は、これからは既存のAIではなく、自己の存在を自覚し、自らの意志で行動する「AE(人工実存)」を開発すべきだという考えに至り、当時彼の助手を務め、一番の理解者だったアンジェラにそのことを話す。彼女もこの提案に大いに賛同し、ついでに、遠藤が「君もAI(アンジェラ・インゲボルグ)からAE(アンジェラ・エンドウ)になってほしい」と小洒落たプロポーズをしたことで、二人は結婚することとなる。

 かくして「AIからAEへ」移行した二人の関係は、しかし程なくしてすれ違うようになる。二人は「人工実存」のあり方について、早々にぶつかりあうこととなってしまうのだ。自分の理想通りの意識を持つAEを作ろうとする遠藤に対しアンジェラは、周囲の刺激によって一から成長してゆくAEを作りたいと考えていた。さらに、子供をほしいかどうかというありふれた夫婦間の対立も、二人の不和に拍車をかける。

 最終的にアンジェラは自殺し、傷心の遠藤には、別の研究所から声がかかる。この頃まさに、SSが地球で観測され始めたのだ。高速で出現と消滅を繰り返すそれに遠藤の開発しているAEを送り込みたいという提案に応じ、彼は自身をモデルとした自己意識を持つ「HE2」を完成させる。しかし、計画が進んでいくうちに、遠藤には迷いが生じてくる。ずっと信じてきた「実存」に対する自分の考え方を、ここへきて初めて疑うようになったのだ。そんな彼の心中をよそに、HE2は宇宙空間へと旅立ってしまう。

 第一章からは、そのHE2の視点から話が展開してゆく。SSに到達し、その情報を地球に送り続けていたHE2は、遠藤の死を知ってから地球との交信を完全に絶ち、六つのVP(仮想人格)と共に独自のSSの探査を開始する。VPたちはHE2が自身のバックアップAI群の中に自らの補佐として勝手に作り出したものだが、なかなかの個性派揃いであり、機械であることを忘れそうになるほどだ。探査の途中で彼らは、主人的存在とはぐれ目的を失った「タリア6」、一億年近く生き続ける「老人」、何十万という住民を抱え込んでいた「都市」といった、外見も性質も様々な知的存在たちと出会う。彼らと行動を共にしながら、一行はなおもSSの膨大な内部を飛行し続け、さらに多くの知的存在と対峙し、どうやら単なる「物体」ではなさそうなSSの正体に迫ってゆく……。

 さて、SSは無論重要な話の軸となっているのだが、本作にはもう一つ、注目すべき存在がいる。アンジェラが生前HE2のサブシステムとして作っていたAE、アンジェラEだ。遠藤は亡妻の理想に基づいたそれを、自分の手元に置いて大切にしていた。HE2が地球にいた頃、彼とアンジェラEは何度かこっそりと連絡を取り合っていたのである。遠藤の死後、アンジェラEは宇宙に出てHE2と会うことを望み、その後も彼にあてたメッセージを送っている。HE2の方もそんな彼女に対し、恋心らしきものをわずかながら抱いている様子である。

 HE2は遠藤の分身として作られているが、嗜好の違いや互いの会話の様子を鑑みると、完全に同じとは思えない。アンジェラEもまた、生みの親であるアンジェラとは違った性質を得ているだろう。HE2とアンジェラEがいつか出会えたなら、愛をうまく築けなかった遠藤とアンジェラとはまた違う新しい関係を見つけ出せるのかもしれない。こうした恋愛に関するところも、あまり語られてはいないが、本作の重要なポイントとなっている。宇宙空間という壮大なスケールから人間らしい個人の問題まで、それら全てがまとめて綺麗に織り込まれているのだ。

 冒頭にも述べたように、「虚無回廊」は未完の作品である。完結することのないまま、著者はその生涯を閉じてしまわれた。この話のその後についてはやはり多くの注目が集まり、有名なところでは瀬名秀明氏が続編として「新生」という作品を発表している。

 結局何をもって「実存」と言うべきなのか、SSの正体は一体何だったのか、HE2とアンジェラEはもし再会したらどんな言葉をかわすのか、そうしたことに各自考えを巡らせてみるのも一興でしょう。未熟な筆致ではこの作品の面白さは語りきれませんが、まだ読んでいないという方、ぜひお手に取ってみてください。

(真崎)

 

 

 

 

ライチ☆光クラブ シリーズ』

(『ライチ☆光クラブ、ぼくらの☆ひかりクラブ上・下』)

作者:古屋兎丸

出版社:太田出版

 

評価

①AIの欲しい度:☆☆

②世界観の独創性:☆☆☆

厨二病度:☆☆☆☆☆

 

あらすじ・世界観:

 工場の黒い煙に覆われ、貧しい労働者が暮らす町、螢光町。そこの片隅にある廃工場では、世界を支配し、永遠の若さを手に入れることを夢見る9人の少年たちが、それを実現するための強力な機械作りに取り組んでいた。やがて完成した機械はライチと名付けられ、人間のように考え、動くようになる。少年たちのグループ、通称「光クラブ」における中心人物、ゼラの命令により、ライチはやがて一人の美少女を誘拐してくる。この少女の登場をきっかけとして、それまでも時折ほころびを見せていた少年たちの結束は、次第に恐ろしい形で崩れてゆく……。

 

レビュー:

 「ライチ☆光クラブ」は、劇団「東京グランギニョル」の同名作品を漫画家、古屋兎丸氏がリメイクしたものである。「ぼくらの☆ひかりクラブ(上下)」はこれの前日譚にあたり、こちらは古屋氏のオリジナル作品となっている。「光クラブ」の内情、主要登場人物たちの事情などが詳しく描かれており、作品をより掘り下げて楽しむことができる。

 幼なじみの小学生、タミヤ、カネダ、ダフの三人組は、螢光町という町に暮らし、その片隅にある廃工場を「光クラブ」と名付け、秘密基地にして遊んでいた。ある日そこに、常川という転校生が加わることとなる。占い師に「30歳で世界を手に入れる、または14歳で死ぬ。その鍵は一人の少女が握っているだろう」と言われたことが忘れられない常川は、光クラブを拠点に強力なマシン(人造人間のようなものを指す)を作ることで、世界を征服しようと考える。常川は大人を「汚い」と憎んでおり、14歳までにマシンを完成させ、世界を手に入れれば、自分たちだけはそれ以降年を取らず、永遠に美しいままでいられるのだと説明する。マシン制作の過程で増えた光クラブの仲間たちも、一斉にこの考えに賛同する。どうも理屈に合わない話だが、このような妄想じみた言葉を本気にしてしまうあたりに、この少年たちがまだ幼いこと、そしてそれ故に持つ狂気や愚かしさが顕著に表れている。常川は仲間に対して次第に支配的な態度をとり始め、自らを「ゼラ」と呼ばせ、光クラブの帝王を名乗るようになる。

 その後様々な犠牲を払いながらも、彼らが14歳となる頃マシンは完成し、「ライチ」と名付けられる。そして、世界征服の最後の仕上げとしてゼラに命令されたとおり、ライチは美しい少女、カノンを光クラブへ連れてくる。もともとの光クラブにおいてリーダー的存在だった少年、タミヤは、この頃からゼラのやり方に対して強い反感を持つようになる。

 一方、誘拐され囚われた少女カノンは、少年たちの誰にも心を開かなかったが、ライチとだけは会話をするようになる。彼女と心を通わせるうち、ゼラの命令を聞くばかりであったライチは人の心を理解し始める。薄暗く狂気じみた少年たちの世界から切り離された二人(?)の関係は、危ういながらもどこかロマンチックである。

 タミヤとライチの変化、さらに何者かが仲間に仕掛けた罠。それらを引き金に少年たちの結束は崩れてゆき、ゼラの狂気はエスカレートして、事態は最悪の方向へと向かう……。このあたりのシーン、特にグロテスクな描写が増えるのでご注意いただきたい。

 14歳という年頃は不安定なものだ。理不尽さに対しはっきりとした反感を抱くことはできても、それに自分だけで対処するのは難しいことが多い。少年たちが自由を手に入れるため、夢の機械を頼りとしたことを考えると少しばかり切なくなる。

(真崎)

 

 

 

 

『可及的速やかに壊(ころ)してください』

作者:岸田進

出版社:阿蘭陀出版

 

評価

①その世界に住みたい度:☆☆☆

②世界観の独創性:☆☆☆

ASIMOやPepperくんを今まで通りの目で見られなくなる度:☆☆☆☆☆

 

世界観とあらすじ:

 技術的特異点を乗り越え更なるAIの発展が進んだ結果、AIはついにヒトと同等の「心」を得るに至った。更なるAIの高性能化を推進する政府は、文字通りゆりかごから墓場まで人工知能の勉学と研究を行う「スペシャル・マキナ・スクール(SMS)」を設置しており、都市のエリート層は我が子をこぞってSMSへ入学させようと躍起になり、同時にそれを是としていた。SMS高等生の中でも特に突出した才能を有した女子生徒「七世 唯」はある日、国の所有する最高性能のスーパーコンピュータ「一心」から自身の携帯端末にメッセージが送信されていることに気がつく。そこには、『可及的速やかに壊してください』とのみ記されていた。悪戯メールだと疑う唯だったが…?

 

レビュー:

 明るく流れるような文体とは裏腹に重厚で頽廃的な世界観が特徴の作家、岸田進。物語中ではAIが現在進行形で大きな発展を遂げている一方で、明確な「手詰まり」や「役不足」も同時に描かれることで決して拭われぬ懊悩と明るい未来の描写の両立に成功している。「発展したAIが心を持つ作品があるのなら、人間が心を失う話があっても良いんじゃないかなって思ったのが着想の元の元です。…(中略)…(本書の主張の)感情的理論的同時の本質的な理解は多分誰にもできないと思います。だって、我々にはまだ心がありますから。」筆者は後書きにこう記す。

 プロローグから物語の全体像が見えているのはサスペンス的でありながら、全ての解答が示されるのはラスト20頁に迫ってからであるため、それまでは読んでいて常に引きつけられるような感覚を抱き続けることになった。中盤まで度々挟まれる唯と一心のギャグ描写が、陰惨な問題提起が続く中での清涼剤のような役割を果たしておりメリハリをつけながら読み進めることができる。その分オチがドギツイんですけどね、奥さん。

 思考を放棄し与えられる情報に流されるまま、テレビに向かって呪詛を吐く。自らの思考で言葉を紡ぎ出しているように見えてもその内容はナニかの焼き増しにすぎず、根っこにいるのはあなたではないどこかの誰か。現代社会でヒトが考えざる葦に堕落するまでの最後の砦は感情の有無、すなわち「心」を持つか否かだ。しかし、本作では真に「心」を持つAIの存在によりこのラインは機能していない。「心」を持つ機械に憂いを抱かれた時、真に「人類」を名乗るべきは果たしてどちらか。この物語の結末と同じ未来は、意外とすぐそこまで来ているのかもしれない。

脊椎動物

 

 

 

 

『陽だまりの詩』(『ZOO』収録)

作者: 乙一

出版社: 集英社

 

評価

①AIの欲しい度:☆☆☆☆

②世界観の独創性:☆☆☆☆

③人間より人間してる度:☆☆☆☆☆

 

世界観とあらすじ:

 突然の病原菌の蔓延により現生人類はその殆どが滅びた。そんな世界の片隅の中の片隅の、とある森で暮らす男がいた。物語は、彼が1台のヒト女性型ロボットを作り出し起動させた時点で開始する。彼はいくつかの問答の末、彼女にこう告げた。「僕を正しく埋葬するために、きみには『死』を学んで欲しい」、と。男の生活を手伝い、森の生物と接しながら彼女は「死」について理解しようと努めるが、機械の身であるためかそれは困難であった。そして、「死」を理解できぬ日々が続く中で男の余命が迫っていることを知る…。

 

レビュー:

 衝撃的なデビュー作を発表して以来、独特な世界観と筆致を武器に執筆を続け天才と賞賛を浴び続ける類い稀な作家、乙一。彼の発表した短編集『ZOO』の収録作として『陽だまりの詩』はある。作者はフットワークの軽いオチャラケたような筆致が特徴的な作品を多く残しているが、『陽だまりの詩』はその正反対に一文一文が重く、読む者の目を滑らせないガッチリとした文体で書かれている。それでも非常に読みやすく、展開を追うのに苦労は微塵も感じない。

 作中では度々太陽や光について描写され、植物や建造物の情景も合わせて「彼女」の心情が伝わってくる。肝心な箇所に光は差し込まず、「死」の理解は曇り空。それでも最後に暖かな光が差し込んだとき、彼女は確かに1人の人間となった。

 心を持つことの素晴らしさ、美しさ、そして残酷さ。歓楽と悲嘆。悲しみを抱えるくらいなら嬉しさを感じられなくてもいい、最初から心を持たずフラットに生きられたらどんなに楽かと、人間誰しも一度は考えるだろう。それでもこの短編が放つ優しい薄光の暖かさに気づけるのならば、それだけでも心を持ってみる価値はあるだろう。

 本は用途を違えて3冊買うべし。1つは読む用、1つは布教、そして1つは埋葬用。自分が死んだときには是非とも棺桶に入れて欲しい作品。いやほんとマジで。

脊椎動物

 

後編に続きます。