名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

わたしを離さないで(カズオ・イシグロ)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

滔々とした語り口に引き込まれる。しかしどこかが引っ掛かる――違和感を抱く。が、ページをめくる手を止めることはできず、段々おぼろげに「何が起こっているのか」が浮かび上がってくる。本書はおおむねそのような作品だ。
物語は三つの部分で構成されている。第一部では謎の教育施設における主人公達の幼年時代が描かれ、彼らはどうやら「提供者」「介護人」になるための訓練のようなものを受けているのだ、ということが分かる。第二部では施設を出て親友二人他と共同生活を営んでいるうちに彼らと衝突して別れてしまうさま、そして最後に彼らとの再会が描かれる。
社会のグロテスクな真相が明らかになっていく展開と親友たちとのフレンドシップが物語の両輪だろう。問題提起にあたる施設の描写にページの多くが割かれているのも頷けるし、そこでの健康・健全さを重視しながらも(ハーモニーだこれ!)漂っている不穏な雰囲気が全編にまで影響を及ぼしている。そして最後に真相がほとんど明かされ、さわやかな絶望感とでもいうべきものを残し終わってしまう。
もちろん作者イシグロの他の作品『日の名残り』や『充たされざる者』などとの相違点をあげてみても面白いだろう。前者は「信頼できない語り手」のためあくまで作中では真相が明らかにならないし、後者に至ってはそもそも起こっていることを把握するのすら難しい。その点からしてみると、読みやすいうえに読書会向けな一冊ではないだろうか(読書会係のほうをチラチラ伺いつつ)。


会長がグダってたので最後の奉公とばかりに追い出される人が書きました。(片桐)