名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

『第六ポンプ』(パオロ・バチガルピ)

バチガルピの『ねじまき少女』は確かに面白かったが,こっちを先に読むべきだった…….
『第六ポンプ』評はすでに当ブログにあるので,取り上げられてないものを中心に書いていきます.
ネタばれはどの程度OKなんだろうか? 問題があったら連絡するなり,消すなりお願いします.

第六ポンプ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

第六ポンプ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

カロリーマン,タマリスク・ハンター,イエローカードマンは『ねじまき少女』と同一の世界観で,特にイエローカードマンは主要な登場人物が共通している.石油が枯渇したり地球温暖化が進んだり,環境問題で破綻したディストピアを描くSFだが,一昔前のディストピアSFより説得力があり,良い意味でも悪い意味でもアップデートを感じる.
「成長から成熟へ」と言われる昨今だが,本当に成熟できるのだろうか.成熟できなければこういう未来になってしまうんだろうか.
いずれにせよ,科学技術があれば快適で幸福な社会が実現できる,なんて信じられなくなってしまったんであって,だからこそこういうSFがウケるんだと思う.

砂と灰の人々
灰色の世界で生きながらえるために,彩り豊かな生命を失っても良いのか?という強烈な問いかけ.
舞台は人類以外の動植物は死滅した世界.主人公らは珍しい犬の生き残りを発見し,飼うことにするものの,最後には面倒を見ることを諦め食う.
そのとき主人公チェンは「なんとなく,なにかをなくしたような気分」を味わう.「なんとなく」しか喪失感を味わえないこと自体に,読者として深い喪失感を味わわないではいられなかった.
生物学者に対する突き放した描き方も興味深い.生物学者は「生命の起源」という学術的興味を求めているが,「この個体は何の役にも立たないだろう」とドライ.情緒とか愛情(そう呼ぶべきか分からないが)と学術的興味,博物的興味は別ものなのだ.

パショ
ラフェルはジャイ族の出身だが,ケリ族の師匠の下で学び,パショと呼ばれる賢人となった.ジャイ族は隔離(クアラン)を固く守っている.クアランとは,外から来た者とは一定の期間の間近づいてはならないというしきたりであるが,かつての災禍がその起源であり,その災禍が過ぎ去った今となっては意味がないことを,ラフェルは知っている.また,交易の盛んなケリ族にはこのしきたりは無い.
このしきたりの違いもあり,以前からジャイ族はケリ族に激しく対立している.ラフェルの祖父ガウルはケリを滅ぼしかけたほどの英雄であり,今でもケリ族に対する敵意を露わにしている.しかし,今やジャイ族とケリ族との交易も行われており,ガウルにはそれが面白くない.
物語はラフェルが故郷へ帰ったところから始まる.上記の設定が少しずつ明らかになりつつ,ガウル老とのやり取りを中心に展開される.正直,一読しただけでは設定もよく分からなかった.
異文化間の摩擦を描いたものだが,伝統主義への一方的な批判で終わらない落とし所が秀逸である.
この作品を読んでアーミッシュを連想した.

この研究で私が思い出すのは、アーミッシュだ。彼らは自動車やインターネットを持たず、銀行や郵便さえも利用しない。そして、幸福感を尺度で表してもらうと、アーミッシュたちの満足度はForbes400(Forbes誌が認定する世界の富豪)の満足度に匹敵するのだという。

お金が人を幸福にしない理由:心理学実験から WIRED.jp
「不合理」なミームも,保守的であれば生き残る.その不合理さを批判し,合理的なミームで乗っ取ることもできるかもしれない.しかし,我々はそれで幸せになることができるのか.
そのように考えると,合理性を理由に多文化を侵略することがいかに暴力的であるかが直観的に見えてくるだろう.この作品の暴力は,強力なミームが本質的に持っている暴力を示唆していると思われる.
ところで,災禍とは何だったのだろう.普通に考えれば伝染病なんだが,核兵器を示唆しているようなセリフもある.両方の可能性もある.……詳しい人教えてください.

ポップ隊
『砂と灰の人々』と共通点がある.どちらも,現在の人間は持っているが,架空の未来において多くの人が失ってしまっているものがテーマである.本作品においては,子を産み育てることなのだが,前人未到の超高齢社会を独走中の日本にとって他人事ではない.
序盤の緻密な情景描写から,ある犯罪行為に対する主人公の不快感が伝わってくるが,その種明かしは物語の中盤でなされる.それゆえ,読者は主人公視点の不快感を共有した直後に,現代人の視点から主人公の行為の残虐さを思い知ることができる.
希望をわずかに仄めかすエンドが素晴らしい.この絶妙なバランス感覚のおかげで,深い余韻と共に,ただの虚構として見過ごすことのできない警句が伝わってくる.
この手のSFには欠かせない内通者として,おもちゃ屋がいい味出してる.

第六ポンプ
普通に読むなら,高度化した文明における知識の断絶と空洞化を描いたもので,その意味でPKディックの『くずれてしまえ』(アジャストメント収録)を思い起こさせる.が,個人的にはITブラック企業を強烈にイメージしてしまい,色々と辛い.

(小島)