名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

嘘と正典 (小川哲)

第162回直木賞候補作品

日本SF大賞&山本周五郎賞をダブル受賞した
『ゲームの王国』の俊英・小川哲が仕掛ける
SFとエンタメの最前線たる6篇

 去年、『地図と拳』で直木賞を受賞した小川哲。『君のクイズ』も各メディアで話題になるなど、いま最もホットな作家の一人と言っていいだろう。
 「魔術師」かつてマジックの舞台上でタイムマシンに乗って忽然と姿を消した老マジシャンがいた。そのマジシャンの子である姉弟が、消えてしまった父の謎を追う話。ベタだけど話の組み立て方がうまい。
 「ひとすじの光」死んだ父が馬主として所有していた馬・テンペストは、全く走らない馬だった。なぜ父はこの馬を所有していたのか。そこには、大レースを勝つために、ある一頭の牝馬の血を追い求めた、とある牧場主の思いが込められていた。ちなみに、作中に「ミスカノン」という馬が登場するが、カノンは「正典」という意味らしいです(だから何)。あと、実在する「テンペスト」はロードカナロア×シーザリオの3歳牡馬で、この前ようやく未勝利勝ちました。
 「時の扉」過去を変え続けて勝利を求め続けた王と、そのために大切なものを失ってしまった男の話。王の正体を最後まで見抜けなかったのが個人的に悔しい。「美大落ち」ならともかく、「画家志望」で察することは難しかった。読み返すと他にもいろいろヒントあったけど。
 「ムジカ・ムンダーナ」音楽を交換し合って生活する小さな島で、一度も演奏されたことがないという歌を求めにやってくる男の話。そこまでハマらず。
 「最後の不良」生活や文化が画一化した社会で、個性を求める人々の話。まぁタイトル通り。
 「嘘と正典」過去にメッセージを送れる機械を用いて、共産主義を消滅させようと暗躍するCIAの工作員の話。この中では一番の傑作。
 全体的に読みやすく、かつ緻密で重厚な短編が揃っているといった印象。(肇)