名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

アストロシティ(カート・ビュシーク)

「おはようボブ、今日はどうしたんだい?」
「いやあ、パソコンがぶっ壊れたら金曜の日記は書けないよなあHAHAHA、とか思ってたらちょうど今日修理が終わってね。ところでジョニー、今読んでたのはなんなんだい?」
「これかい? これはただのアメリカン・コミックスだよ」
「やれやれ、アメコミなんか読んでるのかよ。どうせ変態っぽいタイツ着た脳筋野郎がへこい悪党をBAGOOMとかの擬音つきで吹っ飛ばすだけだろう? ジャパンのMANGA……たとえばチャンピオンREDでも読んだほうが、はるかに時間を有効的に活用できるんじゃないのか?」
「ボブ、君のチャンピオンRED好きには毎度のことながら頭が下がるよ。けれどだね、今僕が読んでるこれにはまったくそんな薄っぺらなところはない! 多分だけど」
「ほう、それはちょっと聞かせてもらおうじゃないか」

アストロシティについて

「アメコミといえば超人的なヒーロー、だよね?」
「そうそう、みんな似たようなのばっかりで正直面白みも何もムググッ!」
「(手でボブの口を押さえながら)いいから。この『アストロシティ』にもたくさんの超人ヒーローが出てくる。未来人とか吸血鬼とか改造人間とかね」
「むぐぐぐ」
「面白いのは、そういう超人だらけな世界の中で、あえて普通人にも焦点を当ててることなんだ。これは同じくカート・ビュシークの書いた『マーヴルズ』とも通ずるんだけど。一巻の『ライフ・イン・ザ・ビッグ・シティ』から見ていこう。……おやどうしたんだ? 顔がまるでタコのようじゃないか。……ああ、ごめん」
「……ジョニー、ずいぶんひどいじゃないか! 死ぬかと思ったのは今年で二回目だぞ? 一回目は君の家に行ったときだったしな。庭で熊を飼うなんて、一体どんな了見をしているんだい?」
「HAHAHA、それはうちのワイフだよ」
「HAHAHAHAHA!」

『ライフ・イン・ザ・ビッグシティ』

アストロシティ:ライフ・イン・ザ・ビッグシティ (JIVE AMERICAN COMICS シリーズ)

アストロシティ:ライフ・イン・ザ・ビッグシティ (JIVE AMERICAN COMICS シリーズ)

「ともかくこれが一巻。表紙にいるのが『サマリタン』だ」
「スーパーマンみたいだね」
「ああ。中身もスーパーマンを意識しているよ。表の顔が新聞記者だし、故郷を喪失していることもだ」
「なんというコンパチキャラ」
「HAHAHA。そういう類似はあるけど、『アストロシティ』はそれまでのヒーローものと直接の関係はないし、一巻から翻訳が出ているから読む際に予備知識も必要ない。X-MENバットマンは予備知識が結構いるから、最初に読むべきものが絞られる。これは嬉しいところだね」
「でもそれだとジョニー、物語に深みがつかないんじゃないかい?」
「いいところをつくね。けれどそこはスタッフの努力の賜物さ! 巻末の設定資料を見ればきっとそんなことは言えなくなる。脇役のロボキャラの造形を何度も何度も推敲して、『ここまでやったんだからこいつメインの話もそのうちあるよね?』なんて言ってるんだ。あとさっきも言ったけど、一巻は世界設定及び世界観の紹介に当てられていて、実質短編集だから視点人物も結構多種多様だ」
「なるほどね、なんかオラワクワクしてきたぞ! 内容はどんなんだい?」
「一話目はサマリタンの日常だ。彼は隠れ蓑の新聞記者をする傍ら、世界各地で事故や事件から人間を守っている。それはもう地球を隅から隅まで文字通り飛び回っているわけだ。そんな彼が自由に空を飛ぶのを許されるのは、短い夢の間だけだった……というちょっと哀愁漂う感じだね。彼の出自とかヒーローチーム内での恋の行方とかも一巻のなかにある」
「なるほど、それだけ聞くとちょっと面白そうだな。他は?」
「ヒーローの正体を知ったこそ泥が悩む話とか、人間嫌いの老人が抱える大きな秘密の話とかだね。物語が動いていくのは2巻の『コンフェッション』からだ」

コンフェッション

アストロシティ:コンフェッション (JIVE AMERICAN COMICSシリーズ)

アストロシティ:コンフェッション (JIVE AMERICAN COMICSシリーズ)

「こっちはなんかバットマンぽくない?」
「確かにね。表紙の『コンフェッサー』と『オルターボーイ』はバットマンとロビンとの関係を髣髴とさせるし、両者とも自警団型のヒーローだし、これも一種のオマージュだろう」
「内容は?」
「これは長編だ。ヒーローの助手、いわゆるサイドキックの少年がさまざまな事件を通しどう成長していったか。そして彼は『ヒーローはなぜ人を守るのか』という問いにどう答えたか。オーソドックスなテーマだけど、読ませる。僕としては一巻よりも面白かったかな」
「ならもうちょっと突っ込んだ話をしてくれよジョニー」
「もう眠いのでね。レポートも書かなくちゃいけないし、あとひとつ紹介して終わりにしよう」

"The Tarnished Angel"

Kurt Busiek's Astro City: The Tarnished Angel

Kurt Busiek's Astro City: The Tarnished Angel

「洋書じゃねーか!」
「ハハハ、LとRの区別もできない日本人ならいざ知らず……ボブ、君が原書を読むのを躊躇するとはおかしいね。確かに日本語訳は二巻までしか出ていないが、個人的にはこれが一番面白かったな。主人公はスティール・ジャケッテッド・マン、通称スティールジャックだ。原題が『薄汚れた天使』で、表紙のスティールジャックが片翼の天使っぽく見えるところなんて、なかなか芸コマだとは思わないかい? まあミスディレクションなんだけど」
「ミスディレクションなのかよ!……というかこれもまたどこかで見たキャラだなあ。マブカプに出てなかった?」
「毎度のことながら、ボブ、君の目には驚かされるよ! コイツのことだろう? 我らが親愛なる友人ピョートル・ニコライビッチ・ラスプーチン、通称コロッサス。投げキャラだ」
「そう、このロシア人だよ! たしか映画にも出ていたよね」
「チョイ役だったけどわりと格好良かったな。あの映画シリーズにはいろいろ思うところがないでもないが……まあ置いておこう。このコロッサス似のスティールジャックはこのエピソードで主人公を張るけど、ヒーローではない」
「コロッサス似なのに?」
「コロッサス似なのに。まあコロッサス自体、悪役チームに移籍したこともあるけど……ともかくスティールジャックだ。コイツは超人だけどヒーローじゃない。ヴィラン、つまり悪役だ」
「ほう、一般人とヒーローの視点から物語を語ったあとは悪役に視点を移すんだね」
「まあそうだ。というか懲役を終えた元悪役といったほうが正しいんだが、彼が自分の再スタートの拠点で起こった殺人事件の真相を探るわけだ。ちなみに殺されたのは全員元悪役」
「……なんか前似たようなアメコミを読んでなかったかい? 元ヒーローが次々に殺されて云々っていうやつ」
「うーん、『ウォッチメン』のことか。たしかにこれもまたオマージュ的な何かと言っていいかもしれない。ただしこっちは黒幕の動機がものすごくセコいけどね! だけれど孤独なおっさんが孤独のグルメ、じゃなくって孤独に頑張るというのはなかなか来るものがある、そうは思わないかい?」
「『シン・シティ』みたいにかい?」
「そう、そのとおり。その作者フランク・ミラーが推薦文を書いてるよ。『とても良いギャングスタ漫画だ。そしてまた、とても、とてもよいヒーロー漫画だ』なんかヤフオクの出品者評価みたいだな!」
「HAHAHA!」


「というわけで明確な主人公のいない『アストロシティ』シリーズ。ある意味では街自体が主人公とも言えるわけだけど、アメコミではおなじみのテーマやストーリーが非常に上手く料理されていておすすめだ。『アメコミ?どうせ……』なんて言わないで是非読んでみてくれ」
「分かった、今度読んでみる。ところでジョニー、レポートはどうするんだい?」
「てっきり忘れていたよ。もう笑うしかないな! HAHAHA!」
「HAHAHAHAHA!」
(片桐)