名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

あなたのための物語(長谷敏司)

あなたのための物語 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

あなたのための物語 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

オバサンが死ぬ話。いってしまえばそれだけだ。ただ、"死ぬ"とはそれだけのことだろうか。簡単に片付けてしまっていいのだろうか。本作はその部分に果敢に挑んだ作品である。データとして自分の複製が残せれば死んだことにはならない?どうせ死ぬのならばなにをしても構わない?未来のことを考えて行動すべき?
脳科学や意識という問題を扱っている点や発行年のせいで『ハーモニー』と比較してみたくなるが『あなたのための物語』は徹底して個人に焦点をあてた作品である。一人の人間が世界の趨勢どころか周囲の人間にすらたいした影響を与えられないところが非常にリアルだった。世界の問題は個人に帰着されない。それが普通である。意識の入れ物としての肉体(感覚)を重要視しているところにも好感が持てた。わたしには『ハーモニー』は面白かったがどこか納得できない部分が残っていたのだが、本作は腑に落ちた、まさにそんな感じだった。そして主人公のおかあさんがいい人すぎて泣ける。肉迫する、そんな表現がふさわしいリアリティに他の欠点は見えなくなった。一歩引いて物語を眺めてしまう人に強くはオススメしないが、本にどっぷり浸かって読むタイプの人にはぜひ読んでほしい。(まつの)