名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

黎明に叛くもの(宇月原晴明)

月曜更新されてないじゃないですか! やだー!
勝手に更新してもいいんですか! やったー!


というわけで(何が「というわけ」なのかさっぱり分からないんだけど)、当会のゼロ年代ベストにもあげた『黎明に叛くもの』の紹介をする。

黎明に叛くもの (中公文庫)

黎明に叛くもの (中公文庫)

宇月原清明は前世紀末にデビューした伝奇作家で、これは<朝鮮柳生>シリーズで有名な荒山徹とほぼ同時期だ。両者ともに日本史をおもなテーマとしているわけだが、他国との関わりからそれをダイナミックに捉えなおし、一国史におさまらない観点での伝奇小説を書くという点では強い共通点がある。違いを挙げるなら、荒山は日本+朝鮮の二国史であり、宇月原はより広いことだろうか。一作目は織田信長ローマ皇帝ヘリオガバルスの隠された共通点を描いたものだったし、本書は斎藤道三松永久秀という戦国の梟雄ツートップがイスラム暗殺教団の兄弟弟子だった……というものである*1
数々の歴史の疑問を解決してくれるのは伝奇小説ならではの魅力だろう。久秀が東大寺大仏殿を焼き払ったのはなぜか? なぜあの戦国武将たちは急死したのか? そして信長暗殺の秘密すらもが明らかになる。すべて主人公松永久秀イスラム教徒暗殺派だったから、ということだ。ちなみに果心居士は彼の傀儡人形で別名ハシム、果心=かしん=ハシムという駄洒落にはいささか開いた口がふさがらなかった。
タイトルにもある「黎明に叛くもの」とは明けの明星、イスラム教のシンボルでもある金星のことだ。太陽の出るまえにひときわ光を放つこの星を、戦国の太陽たる信長に何度も反逆しながら許された久秀になぞらえて何重もの意味を持たせる。道三を兄弟子としたのも、梟雄つながりだけでなく彼の信長や光秀との関係を活用するためであろう。近年の歴史伝奇小説では出色、これからも是非注目していきたい作家のひとりである。(gern)

*1:戦国時代とイスラムを結び付ける試みはなにも彼がはじめてというわけではない。例えば果心居士の幻術がイスラム由来のものだったというネタを朝松健が「恐怖燈」(<異形コレクション>『キネマ・キネマ』収録)で書いている