- 作者: フィリップ・ワイリー,矢野徹
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1977/12
- メディア: 文庫
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彼はその力でさまざまなことをなそうとする。大学でスポーツ選手になり、戦場に行き、事業をやり、恋に身を向け、政治に身を投じ……。しかし、普通の人間は彼が何をできるかを一度知ると冷たく離れて行ってしまい、彼はそのたびごとに他の場所へ行くことを余儀なくされる。これこそ世にいう超人の悲しさである。
先ほど述べた彼の遍歴とその能力が思い起こさせるのは、ゲーテの『ファウスト』だ。しかしこの物語にメフィストフェレスは存在しない(強いて言えば科学そのものだろうか)。然るに彼の魂が奪われることもないし、逆にそれが救済されることもない。科学の時代におけるリアリスティックなファウスト物語。それが、『闘士』だ。
とすれば、唐突過ぎご都合主義のように見えるラストがむしろ納得できるものとして迫ってくる。ファウストが自らの時間を美しいものとした瞬間死んだのに対し、本作の主人公ヒューゴー・ダナーは神を呪った瞬間雷に打たれ死ぬ。つまりこれはリアリズムの世界に向けたファンタジイの一撃であり、彼の魂はリアリズムの世界に存在する(もしくは、どこにも存在しない)ゆえに決して救済されることがない。(片桐)