名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

虐殺器官(伊藤計劃)

虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

サラエボがテロリストの手製核爆弾によって吹き飛ばされた後の世界を描くSF小説。主人公クラヴィスはテロと戦う情報軍の隊員。

先進諸国では厳格な情報管理体制がしかれテロがいっそうされる中、後発諸国では紛争と虐殺が相次ぐ。そして、紛争と虐殺の間を暗躍するジョン・ポールという名の男の影。ポールは言語学者であり、自ら発見した良心を抑制する「虐殺の文法」を用いて世界に紛争の種をばら撒いていたのだった。クラヴィスは世界を舞台にポールを追っていく。だが、最終的にクラヴィスがたどりついたのは……。

ポールの手口は浦沢直樹『MONSTER』のヨハンを想起させるものでしたが、最後まで読むとキャラクターとしては似ても似つきません。全体に重たい内容なのに、意外と淡々としてるのは主人公の行動のせいでしょう。主人公は様々な問題についてさんざん悩んでいるように見えます。会話や思考の中での薀蓄めいた哲学だの文学などの話がそれを重たくしています。ですが逆に行動は淡々としています。罪を背負っているんだというわりには、『罪と罰』のラスコーリニコフのようにうじうじ悩んでもおらず、動いていく状況にあっさり順応してAKをぶっ放します。思索は思索、でも仕事は別、といった印象を受けます。

クソったれた世界だけど僕はこんな感じでとりあえず生きてますよ、といった話だと思いますね。
だから、重たいセリフが出ても結構笑えてしまうし、物語の中で出てくる薀蓄も話には関係のない装飾めいたものが多い気がします。

結局言いたいのは、重たいようにみえて、逆に思考の海にとらわれない軽妙さ。それが、この小説の魅力だと思います。(三笠)