名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

『砲艦銀鼠号』(椎名誠)

砲艦銀鼠号

砲艦銀鼠号

椎名誠も随分と年を食って、SF三部作とされた一連の作品の続きはもう出ないのかと思っていたけれど、気づいたら出てた。
相も変わらぬ意味不明で奇妙奇天烈な世界と、そこで生きるごく普通の人間たちの物語。今回の主人公、三人の男たちはふと海賊を始めようと思い立つのだけど、別に残虐に人を殺すわけでもなく、武器を掲げて強盗したり、商人と取引したり陸に上がって廃屋を漁ったりしてる小物っぷりがなんだか新鮮。こういういかにもそれっぽい日常を描いているところは、彼の旅行経験が生きているのだろうなと思う。いや、別に彼が諸外国で海賊行為を働いていたというわけではナイよ。見知らぬ人々とのコンタクトのシーンなどには特に、「奇妙」なだけでは終わらないリアリティーがある。
一方、分けも分からず何の説明もない数々の固有名詞も健在。と言いたいところだが昔の三作に比べるとそれら異常な妄想の産物とでも言うべき何かのインパクトも若干薄くなっている気がした。長編といえども短めの作品であるせいかもしれないが。特に、ズルズルヌルヌルと蠢く虫達の出番が少ない。もしかしたらそんな小さなものは気にしない、大雑把な男たちの話だからかも知れないけれど。
久しぶりの彼のSFは、ファンとしての喜びと懐かしさと、少しの寂しさを伴うものだった。
(條電)