編者が言うには、
「オリジナル・アンソロジー『NOVA』開幕編となる本書では、2010年代の日本SFの中軸を担うべき作家たちに新作を依頼し、それぞれの書き手が「これぞSF」と思う作品を全力で書いてもらった。ここに収められた11編は、“新星(nova)”の名にふさわしい強烈な輝きを放っていると信じている」――大森望
ということらしいのだが、個人的には集まった面子も作品も惑星並に安定軌道を描いているように思える。作品それぞれは面白いし当たり外れが無いのは良いのだが、全体的に小さくまとまり過ぎていて地味な印象を受ける。その意味で前述した「超弦領域」は当たり外れは大きいが、作家それぞれが自由に書いているため、より面白いアンソロジーだったと言えるかもしれない。無論、そこには編集方法の違いとかも関わっているのだろうけれど。
外縁部ばかりを書いていても仕方がないので、面白かった作品についてちょこちょこ書いておくことにする。
小林泰三「忘却の侵略」
「冷静に観察すればわかることだ。姿なき侵略者の攻撃は始まっている」
単純にこれを書いている私が小林のことが好きだという理由で選んだ小説。ストーリーは主人公が不可視の宇宙人と戦うという映画「サイン」のような話なのだが、内容的にはさすがに比べてはいけない出来である。宇宙人の正体については重大なネタバレになるのでここには書かないが、その奇想と展開にはSFファンだけでなくミステリファンをも唸らせるものがある。小林流のブラックジョークも健在だ。この作家は波動関数を発散させるのが大好きなんだと感じさせられる一編。
藤田雅矢「エンゼルフレンチ」
ひとり深宇宙に旅立ったあなたと、もっとミスドでおしゃべりしてたくて
このアンソロの中でおそらくもっとも「SF」している小説。外宇宙への探査とそれによって裂かれる男女という、ある種使い古されたネタを題材としているが、それだけに完成度の高い作品になっている。ここで言いたいのは、この小説を新海誠の「ほしのこえ」をはじめとした何のひねりも無くただバッドエンドにしているような作品と一緒にしてほしくないということだ。あの手の作品はとりあえず悲恋にすれば話がまとまると勘違いしているように思えてならない。その点、この小説はそんな安易な手段に走ること無く、ちゃんとSF的手法を使ってハッピーエンドにしているため評価できる。
ただオチを読むと、金を払わされた各国政府の皆さんがかわいそうになってくる。
田中啓文「ガラスの地球を救え!」
……なにもかも、みな懐かしい……SFを愛する者たちすべての魂に捧ぐ
ひどい。
この一言に尽きる。めちゃくちゃな世界設定はぎりぎり許すにしても、手塚治虫の怨霊とか、こんな宇宙船ひとつ押し返してやりますよ的な展開とかいろいろと言いたいことや突っ込みたいことがあるのだが、小説としての完成度が高いうえに、話も割と面白いために下手にこの小説を叩けないのが非常に腹立たしい。
つまりはそんな小説なので、みんなも呼んでもやもやした気分になるといい。
伊藤計劃「屍者の帝国」
わたしの名はジョン・H・ワトソン。軍医兼フランケンシュタイン技術者の卵だ。
このアンソロジー内に収録されている小説の中で唯一、書き下ろしでない作品。この小説は作者である伊藤計劃が執筆途中に亡くなられてしまったので未完の状態で、それもプロローグだけで終わってしまっている。ではそんな中途半端な作品がなぜこのアンソロジー内に収録されているのか。その答えは明白で、読んでもらえば分かるのだが、めちゃめちゃ面白そうなのである。これまで発表された作者の作品で表された氏独特の死生観はこの作品でも健在で、フランケンシュタインの怪物という形で見事に表現されている。文章力も以前の作品に比べ遙かに上達しており、もし最後まで書かれていたら氏の代表作の1つなっていただろうと確信させられる出来栄えである。それだけに氏の早すぎる死が本当に悔やまれる。
それにしてもこの作者、スパイがそんなに好きなのだろうか。「セカイ、蛮族、ぼく。」を除いたほとんどの小説にスパイ的な役割を持った人物が登場している気がする。