名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

茶匠と探偵(アリエット・ド・ボダール)

探偵と元軍艦の宇宙船がコンビを組み深宇宙(ディープ・スペーシズ)での事件を解決する表題作の他、異文化に適応しようとした女性が偽りの自分に飲み込まれる「包嚢」、宇宙船を身籠った女性と船の設計士の交流を描く「船を造る者たち」、少女がおとぎ話の真実を知る「竜が太陽から飛びだす時」。“アジアの宇宙”であるシュヤ宇宙を舞台に紡ぐ全9篇。現代SFの最前線に立つ作家、日本初の短篇集。
星々は語らない。淡く見えるとも強く輝く――

 京都の丸善に行ったときに気になっていた本その2。世界観は共通しているが舞台が異なる短編が集まった本である。例えば「船の魂が人間と同じように産まれる」という設定は全編を通じて出てくるのだが、初見では理解するのに時間がかかるだろう。最初は世界観もストーリーも独特でなかなか読み進められなかったが、だんだんと面白さが分かってきた、気がする。今回は最後の短編かつ表題作でもある『茶匠と探偵』を紹介する。
 過去のトラウマから深宇宙を恐れている船・影子(この宇宙では船の魂は人から産まれる)のもとに、謎の女探偵・竜珠が現れる。彼女に深宇宙への航海を頼まれた影子はしぶしぶそれを承諾するが、深宇宙で不自然な死体を発見する。果たして事件の真相は……。
 なにより読みやすい(相対的)。一応ミステリとしては一番初めの短編『蝶々、黎明に墜ちて』もあるが、個人的にはこちらの方が好み。ただ、どちらもトリック系の話ではないので注意。(肇)

時間への王手(マルセル・ティリー)

鉄鋼卸売業者ギュスターヴ・ディウジュは、20年ぶりに再会した旧友からひとりの英国人を紹介される。《過去に働きかけ、起こった事実を変える》研究にいそしむ彼ハーヴィーの手になる装置によって、ディウジュは100年以上前の過去を――ナポレオンが「勝利」したワーテルローの戦場を目撃するが……
古典的幻想文学・SF論「妖精物語からSFへ」でロジェ・カイヨワが言及し、日本では名のみ知られていたタイムトラベルSFの名品、待望の邦訳なる。

 京都の丸善に行ったときに気になっていた本その1(あと2冊あります)。海沿いの街オステンドにふらりとやってきたディヴジュ。彼はオステンドで、旧友アクシダンと英国人ハーヴィーに出合う。二人は「因果関係からの自由」、つまり過去改変を夢見ており、それを実現することができる機械の発明に勤しんでいた。やがて機械が完成し、ワーテルローの戦いを再現することに成功する。しかし再現はできても干渉による過去改変はなかなかうまくいかない。しかしひょんなことから、ワーテルローの勝敗が逆転してしまい……?

と、普段あまり書かないあらすじをずらーっと書いたのには理由がある。
 ネットを漁っていたら、こんなものを見つけた。

da.lib.kobe-u.ac.jp

 本書の訳者でもある岩本和子が書いた紀要論文である。作中で12回も描写される「灯台の三本の光」をベースに、背景となるベルギーの地理や歴史を紹介しながら、本書の魅力を余すことなく伝えている。これには敵わないやと思ってしまい、レビューがまともに書けず、仕方なくあらすじをまとめたというわけである。詳しく知りたい方はこっちを読んでねという誘導記事です。(肇)

11文字の檻 (青崎有吾)

『体育館の殺人』をはじめとした論理的な謎解き長編に加え、短編の書き手としても人気を集めてきた青崎有吾。JR福知山線脱線事故を題材にした「加速してゆく」、全面ガラス張りの屋敷で起きた不可能殺人を描く本格推理「噤ヶ森(つぐみがもり)の硝子(ガラス)屋敷」、最強の姉妹を追うロードノベル「恋澤姉妹」、掌編、書き下ろしなど全8編。著者による各話解説も収録した、デビュー10周年記念作品集。

 青崎有吾は僕が個人的に恩を感じている作家である。デビュー作の『体育館の殺人』のおかげで、表紙を描いているイラストレーターの田中寛崇を知ることができたからだ。一時期、彼の絵をデスクトップの背景に使っていたこともある。そして本作の表紙にも彼の絵が使われている。素晴らしきことだ。勿論小説も好きで、『水族館の殺人』と『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』は自室の本棚に並んである。
 本作は作者が各所に発表した短編をまとめたものである。
「加速してゆく」2005年のJR福知山線脱線事故をベースにした話。この中では一番現実的なミステリ。
「噤ヶ森の硝子屋敷」推理小説におけるガラスの建物って4割燃えてる気がする。トリックは予想外かも。
「前髪は空を向いている」『わたモテ』の公式アンソロ。主要キャラのビジュアルくらいしか知らないのでなんとも評価しがたい。
「your name」3ページミステリ。まぁ一発ネタ。
「飽くまで」6ページミステリ。同上。
「クレープまでは終わらせない」巨大ロボの掃除をする女子高生の話。微妙。
「恋澤姉妹」『BLACK LAGOON』のヘンゼルとグレーテルみたいな姉妹が出てくるけれど、ストーリーはあのデストロ246』を彷彿とさせる。
「11文字の檻」設定は一番奇抜だけれど、話の流れは一番まとも。(肇)

未必のマクベス (早瀬耕)

IT系企業Jプロトコルの中井優一は、東南アジアを中心に交通系ICカードの販売に携わっていた。同僚の伴浩輔とともにバンコクでの商談を成功させた優一は、帰国の途上、澳門(マカオ)の娼婦から予言めいた言葉を告げられる――「あなたは、王として旅を続けなくてはならない」。やがて香港の子会社の代表取締役として出向を命じられた優一だったが、そこには底知れぬ陥穽が待ち受けていた。異色の犯罪小説にして、痛切なる恋愛小説。

 「未必の故意」という法律用語がある。
 " 犯罪事実の発生を積極的には意図しないが、自分の行為からそのような事実が発生するかもしれないと思いながら、あえて実行する場合の心理状態。”(デジタル大辞泉より)
 主人公の中井は、自らの人生がシェイクスピアの『マクベス』をなぞっていることに気付いた後、最初はそれに立ち向かおうとするが、やがて受け入れるようになる。ここが「未必」にかかっているのだろう。だがマクベス夫人(=由記子)の殺害というシナリオを回避するために奔走する。このあたりは『STEINS;GATE』を思い起こさせた。
 序盤は硬派な小説だと思っていたが(そもそもSFだと思っていたがそうじゃなかった)、途中から「高校生の頃から二十年間ずっと片思いしてくれていた天才ヒロイン」を筆頭とするヒロインがたくさん出てきてちょっとだけ困惑したが、600ページ以上ある小説だけあって濃密な作品だったので結構満足。最後のいきなりドンパチするシーンをはじめ、ところどころ雑だなと思うシーンもあったが、まぁ勢い的には良かった。(肇)

この世界からは出ていくけれど (キム・チョヨプ)

人より何十倍も遅い時間の中で生きる姉への苛立ちを抑えられない妹の葛藤を描く「キャビン方程式」、幻肢に悩まされ三本目の腕の移植を望む恋人を理解したい男の旅路を追う「ローラ」――社会の多数派とそうなれない者とが、理解と共存を試みる人生の選択7篇

 二年前にチャン・ガンミョンの『極めて私的な超能力』を読んで感動して、その年の『SFが読みたい!』のランキングにも「これから韓国SFの時代が来る」と書いた。しかしそれ以降、短編集などで韓国人作家が書いた小説を読むことはあったが、そこまで韓国SFを読んだわけではないし、韓国SFブームも来なかった。だが、緩やかではあるが着実に韓国SFというジャンルは日本のSF界に浸透しているだろう。
 今回レビューする『この世界からは出ていくけれど』は韓国の女性作家キム・チョヨプが書いた短編集である。登場人物の多くは(おそらく)一般の人間と変わらない姿かたちをしている。しかし、物語の核を担う人物は、それぞれ他の人とは異なる視点で世界を見ている。「マリのダンス」では、視覚に障害を持つ少女、「ローラ」では、無いはずの三本目の腕を認識する女性、「認知空間」では独自の知識体系を確立した世界からはみ出してしまった少女、といったように。これらの短編の主人公たちは(世界を見る目に関しては)いたって普通の人間で、そのため作中では彼らとの世界の捉え方に対する違いがはっきりと浮かび上がってくる。彼らは社会にうまく馴染むことができないが、それでも他者への理解と共存を望む。
 翻訳文が少し堅すぎるきらいはあるが、手軽で読みやすいのでSF初心者にもいいだろう。(肇)

2023/1/14 文学フリマ京都8 出展情報

こんにちは、名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会です。

今週末の1月14日(日)、京都市勧業館みやこめっせで開催される文学フリマ京都9に参加します。
場所は「さ-39」です。
去年に引き続きの参加です。

お品書きは以下の通りです。

今回の新作PITのテーマは「異世界」です。
過去のPITや田波正原稿集も販売します(PITは在庫が著しく少ないものもあります)。
PITが各200円、田波正原稿集は750円です。
会場は入場無料・予約不要なので、お気軽にお越しください。

楽園とは探偵の不在なり (斜線堂有紀)

2人以上殺した者は“天使”によって即座に地獄に引き摺り込まれるようになった世界。過去の悲惨な出来事により失意に沈む探偵の青岸焦(あおぎしこがれ)は、「天国が存在するか知りたくないか」という大富豪・常木王凱(つねきおうがい)に誘われ、天使が集まる常世島(とこよじま)を訪れる。そこで青岸を待っていたのは、起きるはずのない連続殺人事件だった。犯人はなぜ、どのように地獄に堕ちずに殺人を続けているのか。最注目の作家による孤島×館の本格ミステリ長篇

 「天使」の出現により、二人以上殺した人は地獄に連れていかれるようになった世界。連続殺人は減ったが、「一人までなら殺してもいいのではないか」「どうせ地獄に落ちるなら一度に何十人も殺したほうがいい」といった風潮が蔓延するようになってしまった。
 主人公である探偵の青岸は、かつては正義感溢れる部下たちと共に事件を解決していったが、その部下たちが自爆テロに巻き込まれ全員命を落としてしまう。青岸以外の登場人物も天使や地獄に関心がある者が多く、てっきり謎が少しくらい明かされるものかと思っていたが、天使とは何か、なぜ出現したのか、なぜ一人殺しただけでは地獄に行かないのか、そもそも天使たちが連れていく場所は本当に地獄なのか、そういった謎は最後まで明かされることはない。まぁ孤島の殺人ごとき(?)で世界の秘密が明かされるわけはないのは当たり前か。
 設定は非常に面白いが、事件の真相やトリックにそこまで目新しいものはなく(一応天使を使ったトリックはある)、ミステリとしては微妙かも。三百ページくらいしかないのに孤島に集められた十一人のうち六人が死ぬ(最終的に犯人も死ぬので七人)ので少々駆け足感もある。あとエピローグのビデオレターもよく分からない。(肇)