名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

秒速5センチメートル(新海誠)

秒速5センチメートル 通常版 [DVD]

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こんなにも美しいアニメーション作品を私はまだ、知らない。
小学校の卒業と同時に篠原明里の転校により離れ離れになった遠野貴樹は、中学に上がった後も明里と文通を続けていた。だが、自身も遠くへ転校することに決まった雪降るある日、明里に会いに行くことを決意する。(桜花抄)
鹿児島に転校し、高校生となった貴樹に、一途に恋する澄田花苗。恋も進路も趣味のサーフィンも上手くいかなくてやりきれない毎日を過ごす。貴樹を見るたび好きになっていく一方で、貴樹は自分ではないもっと遠くを見ているということに気づく。(コスモナウト)
東京。就職した貴樹だったが、自分が大切にしていた何かが消えていくのを感じた。やがて限界を感じた貴樹は仕事をやめ、3年付き合っていた恋人とも別れた。そして、幼いころ明里と一緒に見た桜が咲き誇る春。貴樹は明里と再会する。表題作。(秒速5センチメートル
この作品は3部作から構成されている。元々は短編を作ろうとした新海がうろうろした末に連作短編という方法を思いついたそう。まぁ、余談ですが。
冒頭の一文はそのままの意味だ。作画が?作りが?話が?無論、どれも。では、それぞれに関して少し書こう。
写真をトレースし、そこに後から光や人物を絶妙に配置した作画は、指摘する点がないほど完璧に美しい。小物のカットにも純なる美しさが内包され、見ているだけで幸せに包まれる。新海作品の特徴だが、特に光の扱い方が絶妙に上手い。いくら言葉で書いても伝わらないだろう。是非1度目にしていただきたい。それで全て、わかるはずだ。
作りに関して。この作品は上記のように美しい作画を有しているにもかかわらず、更に上乗せのように登場人物独り言や手紙の朗読をさせている。事務的でない、いわゆる詩的(ポエム的)な言葉で綴られている。音を聞いているだけで切なくなるような、贅沢な気分になる。やはり美しいのだ、それは。
この作品のストーリーは賛否両論というか、好きな人は好きだし嫌いな人は嫌いだし。しかし、嫌いな人の言い分を聞いていると、なんだか随分捻じ曲がった見方をしている。この話の純粋さを素直に受け取れないようなすれた(いい意味でも悪い意味でも)大人からすれば、確かにそうかもしれない。
ただ、「十数年かけて初恋を忘れる男の話」ではない。決して。「恋愛幻想が打ち砕かれる話」でもない。そうではない。新海が描きたかったことはそんなことではないのだ。新海の前2作、「ほしのこえ」、「雲のむこう、約束の場所」でも、諸事から引き裂かれる男女の話を書いている。しかし、これらではそれぞれ、「時間」と「国境」というどうしようもない隔たりが2人の間に横たわっていた。しかし、秒速は違う。ただ2人の間にあったのは「距離」だけで、それは絶望的なものでもなんでもない。新幹線に乗れば、数時間で埋められるような仮の隔たりでしかない。しかし、彼らは離れていく。あれだけ大切にしていた想いが、少しずつ薄れていく。そこには意外とあっけない人の想いの儚さというものがある。そしてそこに、人は「美しさ」を見出すのではないだろうか。新海が描きたかったのはそれなのである。
この話は必ずしもバッドエンドではない。ハッピーエンドを望んでいた新海ファンには物足りないかもしれないが、そうではない。決して悲しい終わりではないのだと、何度か見ると気づかされる。第3話「秒速5センチメートル」の中で、主人公・貴樹の中で明里の存在は既に大きなものではなかった。淡い初恋として、それはやはり薄れてしまっていたものなのだ。それを勘違いして「貴樹はまだ明里のことが忘れられないんだ」と思うから、作品の見方が狂ってくる。仕事をやめたのも恋人と別れたのも、明里が原因では決してない。そんな馬鹿な作品ではない。最後に貴樹が微笑んで、振り返って歩いていくあのシーン。それを見れば全て気付くはずだ。バッドエンド?そんなのは馬鹿馬鹿しい。外面的な結果しか見られない愚かな意見だ。
最後に。第3話はエピローグのような扱いで、他2話よりも遥かに短い。しかも後半部分は山崎まさよしの「One more time,One more chance」を用いたビデオクリップのような構成になっている。「説明が足りない」「不完全燃焼でもやもやする」との意見もあるが、それは違うだろう。一体何を見ているのか。全ては前半の貴樹の語り、歌詞、映像とで完璧に説明されている。全3話を通してこの作品の言いたかった全てがここに収斂されている。それだけの内容がわずか15分に含まれているのだ。極めて美麗なそれは見事と言わざるを得ない。いやはや、美しいの一言に尽きる。ちなみに私は第3話が一番好きです。
いつでも捜してしまう どっかに君の笑顔を
急行待ちの踏み切りあたり
こんなとこにいるはずもないのに
by山崎まさよし「One more time,One more chance」(坪田)