名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

不確定世界の探偵物語

不確定世界の探偵物語 (創元SF文庫)

不確定世界の探偵物語 (創元SF文庫)

ただ一人の富豪が所有する、この世に一台きりのタイムマシンが世界を変えてしまった。過去に干渉することで突然、目の前の相手が見知らぬ人間に変わり、見慣れた建物が姿を変えてしまうのだ。おれは私立探偵。だが、常に歴史が変わる―現在が変わりつづけるこの世界で、探偵に何ができるというのだろう。そのおれが、ある日、当の富豪に雇われた。奴は何者?空前絶後の時間SF。


作者の「鏡明」は作家、評論家、翻訳家など多くの肩書きを持つ人物である。翻訳家としては「ロバート・E・ハワード」などの小説の翻訳をし、批評家としては「SFクズ論争」の火種となった人物らしいのだが、そんなことはネットからの受け売りで私の知識ではないし知ったことではない。
私が知っているのは、この小説がSFとミステリという個人的に好んでいるジャンルを同時にカヴァーしてくれていること、それとこの小説がとても面白いということだけである。
あらすじは上に載せた通りである。主人公は変わり続ける世界で探すことを仕事にした男。性格はハードボイルド崩れのハーフボイルド。彼の仕事には常に困難がつきまとう。物を探せば歴史から消えている。人を探せば別人に変異している。時には依頼人そのものが変異してしまうこともある。
彼はある日1つの大口の依頼を受ける。依頼人エドワード・ブライス。この世で唯一のタイムマシンを持つ男。彼の依頼からさえない彼の人生が大きく動きだしていく。
前述したように『不確定世界の探偵物語』はSFとミステリが融合した作品である。一般的にSFとミステリとは共存しがたい。それは本書のあらすじを見ればわかるのだが、SFの設定がミステリの設定をぶち壊してしまうからだ。しかし本書はその難点を逆に利用することで素晴らしい作品を構成している。
探偵の存在する意義のない世界で探偵業を続ける主人公という設定はそれだけで魅力的である。そして彼がSFとミステリとのバランスを壊すことな物語を進めていくのを読むのはとても心地良い。明かされる真相と読後の清々しさは希に見る出来である。
内容、厚さともになかなかハードだが、それだけの価値のある小説である。
(柴田)