名大SF研記録ブログ

名古屋大学SF・ミステリ・幻想小説研究会

閉じた本(ギルバート・アデア)

閉じた本 (創元推理文庫)

閉じた本 (創元推理文庫)

交通事故により両目を失った作家ポールは、自らの回想録を口述筆記させるためにジョン・ライダーなる若者を雇う。彼は身の回りの世話や散歩の付き添いなどにも応じてくれるが、ライダーの言うことはところどころ自分の記憶と食い違っている。ポールの中で少しずつ疑念が膨らんでいく。自分に視力がないのをいいことに、ライダーは嘘をふきこんでいるのではないか――。

本作の最大の特徴は、地の文が存在せず会話と独白のみで構成されている点です。このタイプのものは短編ではそれなりによくありますが、長編ではなかなか見かけません。そして、この構成にきちんと意味があるというのが本作の素晴らしい点といえるでしょう。
本作には地の文、つまり客観的な視点がありません。そのため、何が起こっているのか読者は台詞からしか判断できないのです。ライダーは嘘を言っているのか、もしそうなら何のために――ポールと同じ疑いを読者はどうしても抱かざるを得なくなります。そして緊張感のあるポールの独白からライダーへの詰問を経て、ラストへと勢いよくなだれ込んでいく展開は息をつかせません。良いものを読みました。


ただ、終盤の展開は意見が分かれるところかもしれません。やや唐突かつアンフェアに感じますが、それこそ作者の意図するものだったようにも思えます。


余談ですが、交通事故で障害を負った作家で名前がポールとくれば、どうしてもS・キングの『ミザリー』を思い出してしまうことです*1。もっとも『閉じた本』の口述筆記者ライダーが一体どんな人物であるかはなかなか明かされませんし、かなり早い段階で本性をあらわにした『ミザリー』のアニー・ウィルクスとは異なるでしょう。
主人公の名前は『ミザリー』から来ているのではないかというなら、下種の勘繰りついでにライダーの由来も気になります。読者にとって正体が今一つつかみにくいという点で、『充たされざる者』(カズオ・イシグロ)の主人公ライダーと少々似ているかもしれません。


今度の翻訳ミステリ読書会へ行く予定なので課題作を取り上げてみましたが、なかなか考えることの多い作品で興味深く感じました。


追記:眼球自体がないポールの顔をライダーが描写する場面があるのですが、『餓狼伝』のクライベイビーサクラを思い出したことは秘密です。(gern)

*1:終盤に出てくる登場人物が「私はスティーブン・キングくらいしか読まない」など言っているのは面白い点です